Navier–Stokes
渦は、なぜ規則正しく並ぶのか
流れの中に棒を1本立てるだけで、その後ろには驚くほど整った渦の列ができます。カルマン渦列と呼ばれるものです。誰も渦を並べていないのに、なぜ勝手に整列するのか。答えは、たった1本の式のなかで2つの項が綱引きをしていることにあります。
レイノルズ数のつまみを左端から右へゆっくり動かしてみてください。渦が生まれはじめる境目が、はっきりあります。
上がナビエ–ストークス方程式、下は「水はつぶれない」という条件です。左辺は流体の加速度、右辺は流体を押している2つの力。金色の項と緑色の項、この2つの力関係だけで、渦が出るか出ないかが決まります。
- レイノルズ数 Re
- —
- 流れの状態
- —
- 渦を放つ周期
- —
- ストローハル数 St = 周期の指紋
- —
色は渦の向きです。金色は時計回り、緑は反時計回りに回っている場所を表しています。白っぽいところは回っていません。棒の上側と下側から、向きの違う渦が交互に放たれていく様子が見えます。粒は流れに乗って運ばれるだけの目印で、それ自体には何の力もありません。なお、レイノルズ数を変えると流れが落ち着くまでに20秒ほどかかります。周期とストローハル数の表示は、それまで空欄か、少し外れた値になります。
式に出てくるのは、3つの働きだけ
(u·∇)u移流:自分で自分を運ぶ
流れが、流れ自身を運んでいく働きです。速い場所は速さごと下流へ運ばれます。ここだけが「u が2回かかっている」非線形の項で、渦を生むのも、この式を難しくしているのも、すべてこの項の仕業です。
−∇p圧力:押し合いへし合い
圧力の高いほうから低いほうへ押す力です。水はつぶれないので、どこかが詰まれば瞬時に別の場所へ回る。その交通整理をしています。
μ∇²u粘性:まわりとの速度差をならす
となり合う流体が引きずり合う、ねばりの働きです。速度の「まわりとのズレ」をならしていきます。この形、前作で見たものとまったく同じです。
この式には、見覚えのある部品が2つ入っています
ナビエ–ストークス方程式は「難しい式」の代名詞のように扱われますが、部品に分けてみると、シリーズでこれまで見てきたものがそのまま入っています。
1つめは粘性項 μ∇²u です。これは熱伝導方程式 ∂u/∂t = α∇²u と同じ形をしています。熱伝導が「温度のまわりとのズレをならす」働きだったように、粘性は「速度のまわりとのズレをならす」働きをします。粘性とは、運動量の熱伝導のことなのです。
2つめは ∇·u = 0 です。これは連続の式そのものです。密度が変わらない流体では「入った分だけ出ていく」以外にありえない、という当たり前を書いただけのものです。このシリーズが、もともと連続の式の可視化を見て始まったことを思い出してください。ぐるりと一周して、同じ式に戻ってきました。
では、新入りはどれか。移流項 (u·∇)u です。そして、話をややこしくしているのは、こいつ一人です。
レイノルズ数は、2つの項の綱引きの結果
レイノルズ数 Re は、難しい量ではありません。移流項が粘性項の何倍あるか、それだけの数字です。
Re が小さいとき。粘性が勝ちます。速度差はかたっぱしから均され、流れは棒をなめらかに回り込んで、後ろでまた素直に閉じます。上下対称のまま、時間が経っても何も起きません。シミュレーションの「Re 4」がこの状態です。ハチミツの中を進む世界です。
Re を上げていくと。Re 5 あたりから、棒のすぐ後ろに双子の渦がぴったり張り付きます。まだ動きません。これが「Re 30」です。
そして Re が 47 前後を超えると。この張り付いた双子が、耐えきれなくなります。上下対称という状態そのものが不安定になるのです。ほんのわずかな揺らぎが打ち消されずに増幅され、渦は上、下、上、下と交互に千切れて流れ出します。これがカルマン渦列です。
つまみをゆっくり動かして、この境目を自分で見つけてみてください。ある値を境に、静かだった後流が突然リズムを刻みはじめます。
渦のリズムは、驚くほど正確です
渦がバラバラに出てこないのが不思議なところです。片側から渦が出ると、その渦が反対側の流れを引き込み、今度は反対側で渦が育つ。この交互のやりとりが自分でリズムを作ります。誰も指揮をしていないのに、拍が揃うわけです。
この拍の速さを表すのがストローハル数 St です。シミュレーションの表示は、下流に置いた観測点で実際に渦を数えて計算した値です。Re を 100 から 200 まで動かしてみてください。粘性は倍も違うのに、St は 0.2 前後からほとんど動きません。(渦が出はじめたばかりの Re 50〜80 では、もう少し小さめの値になります。)
これは「棒の太さのぶんだけ流れが進む間に、渦がおよそ0.2回ぶん放たれる」という意味です。棒の太さと流れの速さが決まれば、渦の周期は自動的に決まってしまう。だから電線は風速に応じた高さで鳴き(エオルス音といいます)、旗は風の強さに応じた速さではためきます。工場の煙突や橋げた、熱交換器の配管が風や流れで振動するのも、たいていこの渦が原因です。
設計の現場でこの数字が効いてくるのは、渦の周期が構造物の固有振動数と一致してしまったときです。共振して振幅が育ち、最悪の場合は壊れます。渦がリズムを持っているという、ただそれだけの事実が、設計条件になるわけです。
この式は、まだ解かれていません
移流項 (u·∇)u には u が2回かかっています。この「非線形」という性質のせいで、ナビエ–ストークス方程式には重ね合わせが効きません。
波動方程式では、解を右へ進む波と左へ進む波に分けることができました。2つの答えを足したものも、また答えになる。だからきれいに解けたのです。ナビエ–ストークス方程式では、それができません。2つの流れを足しても、それは流れの答えにはならない。分けて考えるという手が、最初から封じられているのです。
それどころか、3次元のナビエ–ストークス方程式については「なめらかな解がいつまでも存在し続けるのか、それとも有限の時間で破綻するのか」すら分かっていません。100万ドルの懸賞がかかったミレニアム懸賞問題の1つとして、いまも未解決のままです。
私たちが日々あたりまえに見ている水の流れが、人類がまだ数学的に理解しきれていない現象そのものだ、というのは、なかなか愉快な話ではないでしょうか。
| 連続の式 | 波動方程式 | 熱伝導方程式 | ナビエ–ストークス | |
|---|---|---|---|---|
| 式 | ∇·(ρu) = −∂ρ/∂t | ∂²u/∂t² = c²∇²u | ∂u/∂t = α∇²u | ρ(∂u/∂t+(u·∇)u) = −∇p+μ∇²u |
| 主役 | 密度 ρ | 変位 u | 温度 u | 速度 u(向きを持つ) |
| ∇² の役目 | — | 加速度になる | 速度になる | 粘性(熱伝導と同じ働き) |
| 線形か | 線形 | 線形 | 線形 | 非線形(移流項のせい) |
| 重ね合わせ | できる | できる | できる | できない |
| ふるまい | そのまま流れる | 行き過ぎて戻る | 均されて止まる | 条件しだいで全部起きる |
| 解けたか | 解ける | 解ける | 解ける | 3次元は未解決 |
4つ並べると、ナビエ–ストークス方程式だけが違う列に入っているのが分かります。違いは「非線形かどうか」の一点で、それが「解けるかどうか」まで決めてしまっています。
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